2018/02/01

音を正確に並べれば
音楽になると思っている人がいる

そういう人はきっと
音が正確に並んでいなくても
音楽になることを理解できないだろう

1+1の答えが
2以外にあり得ない
と思っている人は
1+1=2
に何も疑問を持たずに生きていけば良いだけだ

ただ私は1+1が2にしかならないのなら
1+1+1+1も4だから
それなら1だけでやっていればいいと思う

作曲家はいつの時代でも報いられない
演奏家はどんな作品であろうとも
それを音楽にする義務を負っていると思う。

しかしそれさえも怠り

いや知らないのだろう

音を並べさえするのが演奏家の役割と思っているから

そして、
「何この曲、ひどい」
って

私はそんな他人に頼る音楽をしたくなかったから
自分で音を出すことにした。

しかし作曲家はかわいそうである。

私は演奏家として演奏する以上
どんなに出来損ないの曲と思ったとしても
良い演奏をしようと思う

こんなもんでいいや
曲が悪い
私は正確に書いてある通り演奏してます

って
できるような人は音楽やめて欲しい

いや
私が関わらなければ良いだけの話しだ

作曲家という物は

頭の中になっている音楽が壮大すぎて
演奏される音を聞くと
失望するものだ

しかし私がドイツでこういう活動をしている時は
この様なストレスは皆無であった

作曲家に対して理解のない演奏家も
何この曲、と思ってる演奏家も
ちゃんと音楽にしていた

じゃないと自分の評価が下がるから

作曲家がその音符を書くために
どれだけの労力を掛けているのか
(労力掛けてもダメな物はダメだけど)

そこに演奏家の力が加わって
作曲家は成長していけるのになぁ

頭の中で鳴っている音再生スピーカー発明して欲しいな

 

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