2008/07/10
古典というものは
誰でも、
時間と努力で
ある程度のレヴェルに
達することが出来る。
だからこそ
千年以上に渡って
受け継がれてきた。
しかし、
その先の一歩が
何とも目に見えないことか・・・
古典であろうが
西洋音楽であろうが
生きていく以上常に
勉強であり
上手くなろうと思い
向上しようと思う
それが止まったときに
人としての歩みは止まる。
私はふと今日
自分のちょっとした違いに気がついた。
自分はこれで良いのか
これは間違っていないだろうか
この人はこういうやり方をする
自分はこうやりたいが
そうやったらどう思われるだろうか
自信が過信になってしまうことは
一番注意すべきことだ
しかし、わたしの中には
ちょっとした自信が垣間見える。
自分はこうやる
その時の他人との違いは何か?
そんなことは
雅楽を始めた頃から
「試して」いたことだ。
しかし、
今は明らかに違うのだ。
そんな、目に見えない
僅かな成長で
私の演奏観というものは
目から鱗が落ちるほど
変化し、
今生き生きと
何とも気持ちよく
吹くことが出来るのである。
こうやって、また
私は新たな
スタート地点に立てた
ことを実感している。
見上げる山の頂も
たどり着いてしまえば
地面でしかない
と・・・
どっかに書いたなぁ・・・