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2007/11/01

昨日また笙を調律した。
この1週間で3管も。。。
珍しい。

以前も書いたが笙の調律は
リードに塗ってある青石を
洗い落とし新たに塗った上で
ピッチを合わせるという作業を
行う。
丸一日作業。

これにより息が漏れていたり
立ち上がりが悪かったり
鳴りにくかったのが解消され
充実して楽器が鳴ってくる。

昨日、調律したのは来週
11月11日の
第4回「東京・邦楽コンクール」
の過去一位受賞者特別演奏で
使用する楽器。

もうだいぶ長いこと調律していないので
重たいしバランス悪いし・・・。

調律して絶好調・・・
なんですが
ふと思う。

「鳴らない楽器を気持ちで鳴らすのが日本人」
とある素晴らしい演奏家が言った。

そもそも日本の楽器は鳴らなくできているものが多い。

西洋の楽器というのは力を入れずに良く響かす事を
意図して作られている。
だから力を入れてひっぱたくといい音がしないし
とにかく演奏する側は力を抜き楽器の最大限の
響きを引き出すのが西洋の楽器のように思う。

声楽をとってみてもまったく同じで
日本の地声に対して西洋のベルカント唱法は
喉の力を抜き響かせる歌い方である。

これらの共通する音の出し方は
建物に由来しているものと思われる。

西洋が石の建築に対し
日本は木、畳、或いは野外など
反響しないところが多い。

軽く鳴らせば良く響くところで
がなり立てる必要はない。
するとその空間をいかに利用して
合理的に鳴らそうとすると
西洋音楽の音の出し方になってくる。

しかし、日本の建築物の中で音を出す時は
どうしてもしっかりと鳴らさなければならない。
楽器にしても地声的発音となるのである。

能管や龍笛などの笛や篳篥の周りには
ぐるぐると籐や樺が巻いてある。
さらに内側には漆が塗ってある。
強度を保つためでもあるのだが
これによって明らかに鳴りにくくなっている。

かなりしっかり吹かないと
楽器が鳴ってきてくれない。

・・・ってあんまり吹いたこと無いんだけど・・・

しかし、これが簡単に鳴ってしまうようだと
日本人の美学には合わないのだろう。

そんなこんなでいろんな事を考えていくうちに
ブラスバンドやらオーケストラの金管楽器のことを
思い出してきた。
日本のオーケストラと西洋のオーケストラの
最大の差は金管楽器のように思う。
日本のオーケストラの金管楽器は
咆哮しているが
西洋のオーケストラの金管楽器は
音は大きくてもとても柔らかく響いてくる。
この違いはやはり環境の違いなのだろうか?

さらにC.クライバーがウィーン・フィルを
振っている時は颯爽と軽やかに振っているのに対し
バイエルンの時はやけくそ!?である。。。
(すんません)
ウィーンのムジークフェラインのように
良く響き良く鳴るオーケストラ相手では
そんなに無理矢理鳴らす必要もないし。
でも私の好きなのは鳴らないバイエルンだ
(失礼)
クライバーがウィーン・フィルとの映像や録音が
比較的多いのに対しバイエルンとは映像を撮っても
世に出てこなかった理由がわかるような気がする。

とまぁだいぶ話が脱線してきましたが
そんな訳で
私はめい一杯に楽器を鳴らすのが好きである。
ホールでも紀尾井ホールとか浜離宮ホールくらいの
5~800席くらいのホールだとホール自体楽器として
鳴らせるような気がする。
昔、みなとみらいの大ホールで吹いた時は
こりゃ手に負えないって感じでしたが・・・。
大きすぎるとそれこそ力入りすぎて自滅します。
小さすぎると楽器をならしきらないうちに
ホールのリミットが来てしまうし。。。

とまぁそんなことで
私は今日も脳みその血管が切れそうになりながら
ガンガンに吹いています・・・

ではでは、
今日からまたPCがAppleストアへ入院です。
今度こそロジックボード入れ替えです。
たぶん4日に戻ってくるでしょう・・・

では
さらば

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