2008/05/24
小学生の頃、ピアノって楽器は
ドを押せばみんなドがでるけど
他の楽器はそうはいかない・・・
ドを押せばみんなドがでるけど
他の楽器はそうはいかない・・・
みたいな事を音楽の先生が言っていた。
高校生の頃習い始めたばかりのピアノを
先生に教わっていたときに
なんでこんなに弾き方によって
音色が変わってしまうのかが
不思議でたまらなかった。
先生に教わっていたときに
なんでこんなに弾き方によって
音色が変わってしまうのかが
不思議でたまらなかった。
一つの音だけ
ポーンとならすとそんなに違いはわからないのに
曲として弾くと全然違ってくる。
ポーンとならすとそんなに違いはわからないのに
曲として弾くと全然違ってくる。
鍵盤って縦に長いけど
何か私がイメージするのは
一番いい音がするのは
その長い鍵盤のピンスポットで
しかもそこに入る指の角度で
音色も変わってしまうように思えてならない。
何か私がイメージするのは
一番いい音がするのは
その長い鍵盤のピンスポットで
しかもそこに入る指の角度で
音色も変わってしまうように思えてならない。
楽器の構造上は
鍵盤を押すと
ハンマーが弦をたたくだけで
そのハンマーのたたく弦は
常に同じ角度であり
違うのはスピードくらいなものなのだが。。。
鍵盤を押すと
ハンマーが弦をたたくだけで
そのハンマーのたたく弦は
常に同じ角度であり
違うのはスピードくらいなものなのだが。。。
何か足つぼマッサージに通じるものがある!!????
同じ場所を押しても
強さや角度、スピード
その他諸々によって
全然感覚が違う。
同じ場所を押しても
強さや角度、スピード
その他諸々によって
全然感覚が違う。
そのツボにはまったときは
指先は針のように
ピンポイントでその
ツボを捉える。
指先は針のように
ピンポイントでその
ツボを捉える。
しかし、ピアノは白鍵・黒鍵があり
その曲(流れ)によって
白鍵でも根本の方を弾かざるを得なかったり
和音を押さえる都合上
良い場所を押さえられなかったり・・・。
その曲(流れ)によって
白鍵でも根本の方を弾かざるを得なかったり
和音を押さえる都合上
良い場所を押さえられなかったり・・・。
基本的にはてこの原理で鍵盤の先の方(演奏者の近く)を
弾くのが一番合理的なはずである。
弾くのが一番合理的なはずである。
どこの場所をどのくらいの強さで
どのくらいの速さで弾くのかは
日々の鍛錬で指が覚えていくと考えられている。
どのくらいの速さで弾くのかは
日々の鍛錬で指が覚えていくと考えられている。
その為にハノンやらいろいろな
練習曲があってどこの鍵盤でも
均一に最良のポイントを無意識に
弾く練習をする。
練習曲があってどこの鍵盤でも
均一に最良のポイントを無意識に
弾く練習をする。
しかし、曲が難しくなればなるほど
どうしても技術が追いつかずに
そこのポイントに入らなくなってしまう。
どうしても技術が追いつかずに
そこのポイントに入らなくなってしまう。
そうならないために
日々の鍛錬を欠かさないよう・・・
と考えられている。
日々の鍛錬を欠かさないよう・・・
と考えられている。
・・・世間一般には。
私のようにろくにピアノが弾けない人間にとっては
大体そのポイントにはまる事自体が
曲の中でも少ないのだが・・・
大体そのポイントにはまる事自体が
曲の中でも少ないのだが・・・
ほとんどは鍵盤をひっぱたいている状態・・・。
普通のピアニストは
感情的になって
我を忘れてしまうと
ひっぱたく状態になってしまう。
これを畏れるためか
どうも日本の(?)ピアニストなるもの
感情を抑えているように見える。
(でたまに感情をあらわにしているのを見ると
ひっぱたいていると感じてしまう私もなんなんだが・・・)
感情的になって
我を忘れてしまうと
ひっぱたく状態になってしまう。
これを畏れるためか
どうも日本の(?)ピアニストなるもの
感情を抑えているように見える。
(でたまに感情をあらわにしているのを見ると
ひっぱたいていると感じてしまう私もなんなんだが・・・)
その点ジャズのピアノストなんかは
もうヤケクソ!?
もう音色なんて関係なく・・・
っていうか綺麗な音色たるものの感覚が
根本的に違うのでしょうか?
もうヤケクソ!?
もう音色なんて関係なく・・・
っていうか綺麗な音色たるものの感覚が
根本的に違うのでしょうか?
でも、それをのぞいては
音楽性はとても素晴らしいと思います。
音楽性はとても素晴らしいと思います。
で、
私が驚いたのは
私が驚いたのは
というか
驚愕でした。
まず、第一にその音楽性。
しかも、そこまで感情をあらわにしても
崩れないテクニック。
崩れないテクニック。
というよりも
どんなに難しいパッセージでも
どんなに興奮していても
決して針の穴のピンポイントにはまる
その音色なんです。
どんなに難しいパッセージでも
どんなに興奮していても
決して針の穴のピンポイントにはまる
その音色なんです。
しかも、ほんとうに
盛り上がって感情的になったときに
その感情のあまりに意識的に
そのピンポイントを外して
ぶっ叩いているのです。
盛り上がって感情的になったときに
その感情のあまりに意識的に
そのピンポイントを外して
ぶっ叩いているのです。
技術的に困難で届かない音は
不快ですが
感情のあまりそこを超越している音は
心臓をえぐり取られるほどの
迫力があるのです。
不快ですが
感情のあまりそこを超越している音は
心臓をえぐり取られるほどの
迫力があるのです。
このようなテクニックというのは
実はテクニックではないのだと
最近思えてきました。
実はテクニックではないのだと
最近思えてきました。
指の角度や
鍵盤に対するスピードや
弾き方
そんなものが
理屈の上で
音色に直結しているのでしょうが
鍵盤に対するスピードや
弾き方
そんなものが
理屈の上で
音色に直結しているのでしょうが
私にはもっと先の
お腹や
頭の先や
つま先から出てくる
音が
音色を作っているのではないかと。
お腹や
頭の先や
つま先から出てくる
音が
音色を作っているのではないかと。