2008/05/26
高校生の時、
東京へ小遠足のようなものがあり
上野を中心に美術館なども廻った。
東京へ小遠足のようなものがあり
上野を中心に美術館なども廻った。
東京都美術館へも行ったのだが
その時にやって他のが
「書」の展覧会。
その時にやって他のが
「書」の展覧会。
なんで、字なんか好きこのんでみないといけないのか、
文字読んで何が楽しいのか・・・
困ったもんに当たってしまったと
当時の私にはその程度であった。
それを理解するだけの教養もなかったし
素養を付けようと思う気も全く無かったから。
文字読んで何が楽しいのか・・・
困ったもんに当たってしまったと
当時の私にはその程度であった。
それを理解するだけの教養もなかったし
素養を付けようと思う気も全く無かったから。
しかし、そこに入ってしまった以上
嫌でも見なければならない。
嫌でも見なければならない。
嫌々でも見ていると
何か感じるものはある。
何か感じるものはある。
よくわからないけれども
筆使いの力強さやなんやら・・・
筆使いの力強さやなんやら・・・
良さはわからずとも
違いはちょっとわかった
・・・ような気もする。
違いはちょっとわかった
・・・ような気もする。
そんな私が去年、出会ったのが
柏木白光さん。
柏木白光さん。
書と音楽のコラボレーションとして
書のバックで演奏する企画が
恵比寿ガーデンプレイスであった。
書のバックで演奏する企画が
恵比寿ガーデンプレイスであった。
私は彼女の書く姿を見て
ある意味衝撃を受けた。
ある意味衝撃を受けた。
これはすごい
私はただの書のための
BGMに終わりたくなかった。
BGMに終わりたくなかった。
だから、私は戦いを挑んだ・・・!?
音楽にはある種ふた通りタイプがあって
自分が好きに演奏するのを誰にも邪魔されたくないのと、
相手がいて、そのことによって、自分の力が何倍にも増幅されていく
自分が好きに演奏するのを誰にも邪魔されたくないのと、
相手がいて、そのことによって、自分の力が何倍にも増幅されていく
私は後者の方だと思う。
それにしても
音楽家以外で、
このような感覚になったのは
これが始めてである。
音楽家以外で、
このような感覚になったのは
これが始めてである。
それだけのエネルギーを受け
私もエネルギーを放出し
何倍にもふくれあがっていく
私もエネルギーを放出し
何倍にもふくれあがっていく
相乗効果。
その時以来、
何か全く認識できなかった
書の持つ何かを感じれるようになった気がする。
何か全く認識できなかった
書の持つ何かを感じれるようになった気がする。
そして、そんな事から
白光さんにリサイタルのチラシのために
書いてもらいたいと思うようになっていた。
白光さんにリサイタルのチラシのために
書いてもらいたいと思うようになっていた。
無理なお願いを快く受け入れてくれました。
やはり芸術家とはこういうものなのでしょう。
感覚の奥底に残る
その時の感触。
その時の感触。
それこそが
何にもかえられぬ
生きる証
何にもかえられぬ
生きる証
今日書いてもらいました。
なんの説明も言葉もなく
しばらく眺めていたい感じです
しばらく眺めていたい感じです
