Category:
2008/09/21
私の嫌いな
日本語の表現

これを聞くたびに

自分の意志で行動しろ!

と内心叫んでしまう

某テレビでアナウンサーが
「では次に移らせて頂きます」

・・・

「移ります」だろ!

さらに
「移らさせて頂きます」
なんて「さ」が入った日には

誰もなんにも「さ」せて ないわ!

とテーブルをひっくり返すことになるだろう
移ることの許可を求めていながら
返事を聞くことなく
そうします
(そうさせて下さい)
と宣言している。

つまり

「自分の意志」でもって
「物事の行動を起こす」と

その行動に対して
不満を持ったり
なんで勝手に(行動)しやがって

という回避する為の
「させて」
であり
それでも
「しても良いですか?」
と許可を求めて
NOだった場合困る為に
「させて」の答えを聞くことなく
「いただく」のである。
どうも私には
責任逃避の
都合のよい
「丁寧を装った」
使われ方をしているように思える。

はっきりとものをいわずに
曖昧な言い回しにして
責任を持たない
現代の風潮なのだろうか?
よくよくこの
「させていただきます」
について調べてみると
宗教的なものから使われ出したようだ。

神に対して
「そうさせていただきます」

と使われていたそうな。
神様の前で
「そうさせていただきます」
という言葉は
とても敬虔な
宗教心の表現だと思う。
「させていただきます」

「致します」

たいていの場合は
「致します」で
十分足りるはずだ。

丁寧な言葉というのは
普段、普通に使いすぎているうちに
感覚が麻痺してしまい
普段より丁寧にしないと
いけなくなった場合
より言葉を加えていかなければ
いけない気になってしまうのだろう。
さて
どこかの家に
食事の招待で
伺う時を想像してみよう

玄関にて
「靴を脱いでお上がり下さい」
「靴をここで脱がせて頂きます」

リビングにて
「荷物はそこにどうぞ」
「荷物をここに置かせて頂きます」

席に着く時
「どうぞおかけ下さい」
「座らせて頂きます」

食事をいただく時
「お召し上がり下さい」
「頂かせて頂きます」
・・・????

もはや世も末だ・・・

いや、
私が気持ち悪いのは
むしろ丁寧すぎる敬語ではなく
全て受け身で自分の意志で行動しない
責任逃れの言い訳だ。
うちのセキュリティーシステムがいう
「警戒設定されます」

・・・

「されます」

じゃなくって

「します」

だろ!

「警戒設定します!」

オレがボタンを押したのであって
誰かにそう「された」訳じゃないんだから
なんでも
受動態で話すのを
聞いているといらいらしてくる

「~させてもらっていい?」

「してもいい?」だろ

「~された」
「~言われた」
(相手の行動・言語を
そのまま述べるのでなく
被害者の立場での言い回し)

「~してくれない」
(何かをして欲しい時
~して下さいと言えない場合の
言い回し)

さて、
そんな丁寧さを装いつつ
許可を得ることもなく
行動を正当化する為の
便利な言葉
「させていただきます」
もし
うちの機械が
「警戒設定させていただきます」
なんてしゃべり出した日には
バットでぶっ壊してやりたいと思う・・・

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください