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《手遊び十七孔》
“Hand Play on the 17 Holes“

解説

(2008プログラムノートより)

笙は17本の孔の開いた管によって構成されているが、そのうちの2管(毛・也)には本来リードが存在しない。従って伝統的な笙の音は15音のみで構成されており、西洋流に言えばA-dur(イ長調)の音階にCとG(ドとソ)を加えただけのものとなっている。平均律で言う12の半音のうち9個しか音が存在しないから、雅楽で用いられる伝統的な笙の和音である「合竹」の組み合わせからは限定的な響きしか得られないし、むしろそうであるからこそ雅楽は雅楽固有の響きを保証されているのである。

しかし今日では、元来リードがなかった2管である「毛」と「也」にもリードをつけ、FとB♭(ファとシ♭)の音が増設された楽器が用いられるようになった。これで12半音のうち11音が網羅されることとなり、これまでにはあり得なかった音階や、半音階、クラスターなど、伝統的な笙では奏出し得なかった響きも可能となった。

誰しもこの「笙」という楽器のために新作を書くに際しては、笙が背負っている千数百年の伝統を強く意識しなければならないだろうが、私は今回、この楽器を単に「17本の管を持つリード楽器」、更に言えば「17個の穴が開いた音器械」と考え、あたかもこの物体で「手遊び」をするが如く、その機能とメカニズムを一から考え直して取り組むこととし、同時に、極力伝統的な響きから遠ざけることに留意した(その意味では伝統を意識しているとも言えるが)。

例えばこの作品では、「笙の演奏で通常用いる左右7本の指を全て押さえて得られる7音から成る和音135通りのうち7音全てが異なる音」というものを素材の一部として用いているが、52通りあるこのような組み合わせのうち、合竹に「毛」を加えただけとなる4通りは排除した48通りが用いられている。その他、「半音階で下行する声部と、対位的関係にある声部からなる2声」、「ランダムに配列された三和音」、「2種の全音音階和音の交替」、「各種3度堆積五和音による並進行」「4度堆積・5度堆積和音によるコラール」等々、伝統的な雅楽とは全く関係のない音組織を中心に指の超絶技巧が展開する。一方、管の数に従って増減する息を強調した呼吸、様々なタンギングの技法等、呼吸と運舌の技巧に於いても伝統的なものから遠いものが多用されている。

なお、「十七孔」と言って連想するものとして、北京郊外の世界遺産、頤和園に存在する「十七孔橋」なる橋がある。十七のアーチが連なるこの橋には、544の異なる顔を持つ獅子が彫られている。このことと、この作品に於ける様々な和音が、できる限り異なる響きであるよう心掛けたこととは、無関係ではない。

(川島素晴)

時代の先を行きすぎた作曲家、私の頭の中にはそんなことばが思い浮かぶ。川島素晴。世の中がまだ彼について行けていない。そんな風に私は思う。 彼の存在を初めて知ったのは大学生の頃。ずっと気になる存在であった。そんな彼のソプラノのソロの作品を聞いた時、ぼんやり見えていたものは確信へと変わっていった。奇抜・斬新・奇人・変人・・・。そんな彼の音楽の中に何故か私は西洋の伝統的作曲理論の根底にある構成・構築・様式美を感じるのである。

(真鍋尚之)


(2018プログラムノートより)

笙は、伝統的には17本の管のうち2本はリードを持たないが、現在は17管全ての音が出るようになり、その結果12半音中11音までが埋まり、半音階やクラスターも演奏できる。こうして様々な可能性を得た十七孔の笙を捧げ持つ様子は、さながら「手遊び」のようである。(「遊び」とは古くは「管絃の遊び」、即ち音楽演奏のことでもある。)

冒頭の「7音から成る48種類の和音による手遊び」に始まり、「半音階的との対位法」「ランダムな三和音」「全音音階」「9の和音の並進行」「異なる周期の音型によるポリリズム」等による「手遊び」を展開、それらは繰り返しつつ裁断され、徐々に新しい音型も加えながら切迫する。伝統的な雅楽と異なり一聴すると簡単そうな西洋音楽的な構造が導かれるが、運指が音階順ではない笙ではこれらの音型は極めて演奏困難である。相当熟慮して演奏可能な限界を模索し、2008年の真鍋氏のリサイタルに寄せて一種の挑戦状として作曲した。

2010年のブログで真鍋氏はこう書いている。
「彼は『自分が書く以上、笙にとって最も難しい曲を書く』と豪語していましたが、本当にそうなりました。」
しかしそれに続けてこうも書いている。
「人間不思議なもので、初演の時はめちゃくちゃ超絶技巧だったのが1年も経ってくると意外と普通の奏法に感じられてきます。」
かくして入魂の挑戦状も、易々と乗り越えられてしまった。本日は、初演以来10年、世界各地での上演経験を経た再演となる。

(川島素晴)

川島素晴さんからの挑戦状を受け、返り討ちにするまでにはおよそ1年の練習が必要であった。それに相応しく演奏不可能な音が1音も書いておらず、全て練習すれば演奏でき、画期的に演奏技術が向上する曲であった。しかしこの様な曲を演奏可能にしたとしても、《手遊び十七孔》の音楽的な難しさは10年の時を経ても変わっていない。この曲の誕生から私にはひとつの構想が出来上がっていた。《Invention IV》という新たな彼への挑戦状である。

(真鍋尚之)


Video


Weblog

《手遊び十七孔》(2018.10.15)

川島素晴「手遊び十七孔」11月5日(2014.11.3)

手遊び十七孔@川島素晴作曲(2010.12.19)


川島素晴(1972-)

1972年東京都生れ。東京藝術大学及び同大学院修了。秋吉台国際作曲賞(1992)、ダルムシュタット・クラーニヒシュタイン音楽賞(1996)、芥川作曲賞(1997)、中島健蔵音楽賞(2009)、一柳慧コンテンポラリー賞(2017)等を受賞。1994年より「演じる音楽」をテーゼに国際的に創作活動を展開している他、いずみシンフォニエッタ大阪プログラムアドバイザー等、現代音楽の企画・解説に数多く携わり、2016年9月にはテレビ朝日系列「タモリ倶楽部」の現代音楽特集にて解説者として登壇。指揮、ピアノ、打楽器、声等、自作や現代音楽作品を中心に様々な演奏活動にも携わる。日本作曲家協議会副会長。国立音楽大学准教授、東京音楽大学及び尚美学園大学講師。

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