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2010/04/19
昨日、テレビで猿の群れのドキュメンタリーみたいのをやっていた。

ボスざるを中心として上から下まで
明確な順位が決まっていて、
群れに入るためには下の者から順番に信頼を得ていき
最後にボスの許しを得るとその群れの一員として
全ての猿から認められる。
毛繕いをしたりさまざまな機嫌とりを試み
あれやこれやしてボスに気に入られようとする。

何とも滑稽な姿だが
これと同じような光景をよく人間社会でも見かける。

目上の者に対してへこへことしっぽを振っていたと思うと、
自分より下と思える者に対しては上から、
あごで他人を使うような言動にはしる。
私にとってはこのような行為は最も浅はかに見える。

雄鶏がトサカの大きさを競ったり
孔雀が羽を広げて自分の大きさを強調したり
猿山の一番高いところに登って自分の威厳を知らしめたり

まぁたいていの場合、このような人物は
実力も才能もない事の裏返しの
裸の王様であることに他ならないのだから
このような人に関わらざるを得ない自分自身の
愚かさに腹が立つのではあるが。

私は人類みな平等だと思っているので
たとえ目上であろうが意見を言う時は言うし
(相手を選びますが・・・)
子供であろうが意見には耳を傾けるようにしている。
 
私の敬愛する音楽家であるWuWeiの師は常にこう言っているそうです。
Wer gute Musik macht, hat er auch ein Gutes Herz!
「良い音楽を作る人は、よい心も持つ」

音というのは決してごまかす事ができず
その音を聞けばその人の性格って分かるものです。

私の周りにはすばらしい音楽家や
尊敬すべき人物が沢山いるので
そういう人たちをお手本に生きていきたいものです。

“猿山の猿” への1件のコメント

  1. 私は、武術を嗜んでい者です。
    貴殿の言う猿山の猿になった輩が
    我々のなかには少なからずおります。
    「良い音楽を作る人は、よい心を持つ」と
    同じく、
    淀みのない生き方になるように
    日々、反省と感謝をしている人には
    人や人以外の生き物から
    人以外のこの世の物質
    または、壮大なる大宇宙との調和
    肉体を借りての自分
    両親から頂いた名前
    今、自分という存在は
    人間としての
    なんらかの使命を受けて
    生きているのだと思う次第です。

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