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呼 吸〜真鍋尚之笙リサイタル〜

KOKYU

Naoyuki Manabe-Sho Recital

ALM ALCD9023
2,600円+税=2,808円

 

真鍋尚之(笙)NAOYUKI MANABE(Sho)
沢井一恵(十七絃)KAZUE SAWAI(17 strings koto)
野口千代光(ヴァイオリン)NOGUCHI CHIYOKO(Violin)
溝入敬三(コントラバス)KEIZO MIZOIRI(Contrabass)

 

① 雅楽曲 黄鐘調調子 Oshikicho-Choshi

4:18 

② 山口淳 風の廻る庭第2番 〜笙とヴァイオリンのための〜
Jun Yamaguchi/A Garden with Turning Breezes No.2 for Sho and Violin(2000)

10:15

真鍋尚之 笙と十七絃のためのソナタ
Naoyuki Manabe/Sonata for Sho and 17 strings koto

21:13

③ 第一楽章。序章。幅広く ゆるやかに。Grave

5:50

④ 第二楽章。自由なソナタ形式。後半には十七絃及び笙によるカデンツァ。
速く 活き活きと 力強く。Vivace con energia

8:50

⑤ 第三楽章。牧歌。静かに。Tranquillo

6:33 

⑥ 一柳慧 星の輪〜独奏笙のための〜

Toshi Ichiyanagi/GALAXY for solo sho

9:20

 ⑦ 松尾祐孝 《音・音〜Soundo・Soundo》III 〜笙とコントラバスの為に(2000)
Masataka Matsuo/SOUND SOUND III for Sho and Contrabass

12:51

⑧ 真鍋尚之 呼吸Ⅱ 〜笙のための〜
Naoyuki Manabe/ Kokyu II

13:17

 

越境人、真鍋尚之のこと

間宮芳生 まみやみちお(作曲家)

 日本の伝統芸術の歴史には、不思議と思いはじめるとまことに不思議な現象が支配している。音楽についていえば、最も歴史の古い雅楽や声明にはじまり、平曲(平家琵琶)、能、文楽、歌舞伎音楽、箏曲などの諸分野が互いに混り合ったり、という、起っても一向不思議でないことが、ついぞ起らなかった。

 平曲は雅楽の琵琶とほとんど変わらない楽器を使いながら、雅楽の中に入ってゆくことはなかった。雅楽は何故後世の箏や、尺八などを決して使わなかったのだろう。能の囃子は何故、琵琶も篳篥も使おうとしなかったのだろう。文楽が鼓も笛もいらず、太棹三絃1本で充分だったのも全くもって面白い。

 こうした、想像上はいくらでも起ってよさそうな相互浸蝕がほとんど起らず、それぞれの分野がそれぞれの時代の文化的趣味を代表して誕生したときの姿を閉鎖的に保持したまま、そしてどれもが生きつづけている。

 それぞれの歴史は、つまり様式の純化の歴史、またはあえて言えば固形化の歴史である。いわゆる洋楽の分野の作曲家たちが、日本の伝統楽器や、伝統音楽の声の表現を媒体にし、あるいはそれらと洋楽器との種々コンビネーションを創案し、又伝統音楽の分野間の垣根をまたいだコンビネーションの試みをするようになって、そろそろ半世紀を超える。それでも分野間の浸蝕は容易には起っていないが、とにかく伝統音楽分野の人々の他分野との協働の能力は目覚ましく高まった。

 こうは言って見たものの、相互浸蝕が望ましいことかどうかも、本当はわからない。

 こんな風に考えるとき、笙を吹くコンポーザー・パフォーマー、真鍋尚之の登場は、とても新鮮な出来事だ。彼は洋楽分野の作曲家として出発しながら、伝統の雅楽の世界に「越境」した。そうして笙の演奏家として雅楽人としてのつとめをつとめながら、作曲家としては、「ソナタ」というタイトルの曲で、笙を使いつつ洋楽側へ再越境する。今のところ、それは再越境にさこえる。それが、雅楽の内部から反乱したり得ているかどうかは、まだわからない。でも、雅楽の世界が新しいエネルギーを得て、「今日」を主題として新しい創造の場になったらいいな、と、そんな明日のために、彼の雅楽を動かそうとする小さな「反乱」が、「真鍋尚之現象」と呼べるようになる ことを期待しよう。 

 

楽人魂

豊英秋 ぶんの ひであき(宮内庁楽師)

 真鍋尚之の笙を吹く姿は美しい。手はやさしく楽器をつつみ込み、指は舞うように十七本(古典では十五本)の竹をあやつる。そしてなんと言っても魅力は響き「マナベサウンド」である。ひそやかに聴こえてくる悪魔のささやきのような弱音から、大聖堂をゆるがすパイプオルガンを思わせる圧倒的な強音までを自由自在に使い分ける。これらをもとに創られる真鍋の音楽。超絶技巧はもとより、豊かな感性と、包みこむような表現力で聴くものを惹きつけてはなさず、彼の世界へ誘う。

 これらの音楽のいしずえとなっているのが雅楽である。この長い歴史ある音楽の奏者を楽人(がくにん)と云う。楽人は歌・管・絃・舞・打物すべてを永い年月をかけて修得しなければならない。真鍋はこれら全ての技術を身につけるべく小野雅楽会及び十二音会で研鑽をつんでいる。そして彼はこの楽人の魂・精神を自信のものとして昇華しつつある。だから彼の創り出す音楽には、楽人の心意気があり、それが聴く人に深い感銘を与える。

 雅楽は七〇一年に大宝律令によりその基礎が確立され、平安時代に催馬楽・朗詠などを加え、現在は宮内庁楽部によって伝承されている。その大宝律令制定より二〇〇一年は丁度一三〇〇年という節目の年になる。彼には二十一世紀の新たな音楽の担い手として雅楽の可能性を追求し、さらに飛躍してほしい。

 追記。次の演奏会がとても楽しみだ。どんな技がとびだすのか、わくわくしながら待ちつづける……。 

 

曲目解説

雅楽曲 黄鐘調調子

 雅楽には壹越調、平調、双調、黄鐘調、太食調の6つの調子があり、黄鐘調は洋楽のほぼAの音を主音とする調子である。調子は普段、独奏で演奏することはなく篳篥のかげにかくれてほとんど聴こえない。またいつ誰がつくったか不明である。黄鐘調独特の節回しを持つ非常に美しい曲である。

山口淳 風の廻る庭第2番 〜笙とヴァイオリンのための〜(委嘱作初演)

「風の廻る庭」の「庭」とは、日本庭園の「斎庭(ゆにわ)」のこと.ただ一面に白い砂利を敷き詰めただけの斎庭は、周囲の遠景の変化や、季節の移り変わり等により、静寂の中で響き合うかのようにその様相を微妙に変えて行く。 「風の廻る庭」のシリーズは、この斉庭のイメージから、最も高められた精神性を持つ耳のみが聴き取るであろう空間一静寂から音が生成され、その音同士、またはその音と取り巻く遠景が響き合う空間−を描いている.  この曲は、次の響きの生成を孕むための沈黙によって区切られた4つの部分から成っており、部分ごとに、あるいはそれぞれの部分の中で微妙な変化が続く。4つの部分は、一日の移り変わり(朝一昼一夕一深夜)、季節のうつろい(春夏秋冬)、さらには仏教に説かれる生命の移り変わり(成住壊空=じょうじゆうえくう)に例えることができる。 「風の廻る庭第2番」は、真鍋尚之氏の委嘱により、今年(2000年)の2〜4月に作曲し、彼に献呈している。  初演にあたり、貴重な機会を下さった真鍋氏と、共演の野口千代光氏に厚く御礼申し上げたい。 (山口淳)

真鍋尚之 笙と十七絃のためのソナタ

 かつて数多くかかれたヴァイオリンやピアノなど独奏楽器のためのソナタ。また、それまでの西洋の形式音楽の中の集大成ともいうべきショスタコーヴィッチの一連の交響曲・ソナタ・弦楽四重奏曲などの一連の作品群。この非常に西洋的でもある形式を日本の楽器に当てはめソナタを書いてみようと思った。『笙のためのソナタ』。それはただ単に独奏楽器(笙)と伴奏楽器(十七絃)という関係にとどまらない。むしろこの二つはお互いに独奏であり、オーケストラ伴奏のない二重協奏曲のようなものを目指した。1999.9〜2000.3 約7カ月を要して作曲。

第一楽章。序章。幅広く ゆるやかに。Grave
第二楽章。自由なソナタ形式。後半には十七絃及び笙によるカデンツァ。

速く 活き活きと 力強く。Vivace con energia

第三楽章。牧歌。静かに。Tranquillo

本日、沢井一恵氏とこの曲を共演・初演できることに感謝します。
沢井一恵氏に捧げる。  

一柳慧 星の輪 〜独奏笙のための〜

 この曲は宮田まゆみ氏の委嘱により1983年にかかれた。 「連環する星群、その光のイメージになぞって作った」というこの曲は、特殊な奏法こそ使われていないが、4度や5度、2度、7度などの和音や、一柳氏独特の流れるような旋律が特徴的である。
 笙そして一柳氏の音楽、魅力を十二分に引き出した美しい曲であるとともに、数ある笙の曲の中でも最もポピュラーな曲でもある。
 わたしはこの『星の輪』を宇宙の神秘の星ではなく我々人間が仰ぎ見る空の星として捉えようと思う。

松尾祐孝 《音・音〜Soundo・Soundo》III〜笙とコントラバスの為に(2000)

この風変わりな題名は、≪音・音〜Ne・Ne≫〜二群の邦楽合奏の為の二章(1998日本音楽集団委嘱)以来、二つの要素の対照性に焦点を当てた作品に冠しているもので、今夜の作品は、今年2月に初演された≪音・音〜SoundSound ㈼≫〜トランペットとオルガンの為に(2000)に続く、同タイトルの三作日となる。また、西洋楽器と邦楽器による二重奏作品という分野に少なからず魅力を感じている作曲者にとって、≪美しの都≫〜尺八とオルガンの為の幻想曲(1991)、≪コントラストリングス第1番≫〜三紘とコントラバスの為に(1999)に続く、同分野のこれまた三作日にあたる。 今回、気鋭の若手演奏家のために新作を書き下ろす機会を得て、初めで“笙”のための作品を手掛けたのだが、その楽器一つが鳴り始めただけで空間の様相が一変してしまう程の、伝統に裏打ちされた強い個性を持った楽器に、新しい息吹を吹き込むことの難しさを痛感しながら、筆を進めることとなった。邦楽器と西洋楽器の対照、高音楽器と低音楽器の対照、管楽器と弦楽器の対照、曲の前半と後半の対照等々、音と音の様々な対照を楽しみながらお聴きいただければ幸いです。 最後に、今夜の演奏者二氏に、絶大なる信頼を寄せるとともに、深く感謝いたします。(松尾祐孝)

真鍋尚之 呼吸II 〜笙のための〜

 私がしばらく作曲の世界から離れていた期間。それは、雅楽を必死で取り組んでいた時期に重なる。それは、私の中で作曲家として、また日本人として、最も根元的なものを探ろうとしていた時期のように思える。

 この曲を作曲したのは、ある意味で私の中でも転機の時期であったかも知れない。東京芸大雅楽専攻卒業。そして、長女の誕生。まだ形は見えないほど小さく、実感することもできないが、確実に生命を育んでいる小さな命。やがて弱々しかった生命も力強く呼吸を始める。そんなことを考えながら作曲した。最弱音のAに始まり次第に勢いを増していく。

 私の音楽にとって最も大切な「呼吸」をテーマにした曲。音がなくとも呼吸(音楽)は流れていく。無機質な神秘ではない。機械的な音でもない。最も人間の根元である呼吸。人間的なぬくもり。笙が呼吸し、ひとつの音楽となることを願い作曲した。 1998.1〜2作曲。同年6月30日、第一回国立劇場作曲コンクール本選会において初演。今回で4度目の演奏である。

 

プロフィール

真鍋尚之・まなべなおゆき(笙)

1971年、横浜生まれ。神奈川県立弥栄東高校音楽コース卒業。
洗足学園大学卒業(専攻−作曲・声楽)。東京芸術大学邦楽科雅楽専攻卒業。
1990年 第14回神奈川県合唱曲作曲コンクールに『愛恋する悪の華』が佳作。
1995年 第18回同コンクールに『みどり色の蛇』が1位なしの2位。
1998年 第69回横浜市新人演奏会、 神奈川同声会新人コンサートに出演。第1回国立劇場作曲コンクールで『呼吸Ⅱ』を自作自演し優秀賞(1位)を受賞する。
1999年 国際芸術連盟第4回JILA音楽コンクール邦楽部門第2位。
2000年 第2回万里の長城杯国際音楽コンクール邦楽部門第2位(1位なし)

1998年“ル・ソン・ジャポネ第3夜『笙』”、1999年“プラネタリウムと笙”(五島プラネタリウム)にそれぞれ主演するなど、小野雅楽会・十二音会において笙・楽箏・楽琵琶・右舞の雅楽演奏のみならず、ヴィオラ・ダ・ガンバやリュートとの共演、盤渉調調子の全曲演奏、笙の三重奏でパッヘルベル『カノン』の編曲・初演するなど、雅楽器のための作品の演奏、雅楽器及びその他の邦楽器・洋楽器・合唱等の作曲、共演等を行っている。“秋の空に雅楽の調べ”(横浜久良岐能舞台)では、地域住民を対象に新しいスタイルによる庭園コンサートを行うなど、雅楽普及のためにも尽力している。。

小野雅楽会会員。十二音会会員。日本音楽集団正団員。

 

共演者プロフィール

沢井一恵・さわい かずえ(十七絃)

 8才より箏曲を宮城道雄に師事。東京芸術大学音楽学部卒業。1979年沢井忠夫と沢井箏曲院を設立。現代邦楽の第一線で活躍する。1989年以降、ニューヨーク、ウィーン、パリ市立劇場など欧米各地のフェスティバルより招聘を受けるなど様々な音楽シーンに登場、ワールドツアーを展開している。また国内外の若手アーティスト達と実験的コンサートを積極的に行い、邦楽とは無縁だった人々に箏の魅力を伝えている。

溝入敬三・みぞいり けいぞう(コントラバス)

 東京芸術大学卒業。1990年ダルムシュタット音楽祭においてクラニッヒシュタイナー賞(最高位)受賞。アヴィニョン国際コントラバスフェスティバルでの招待演奏、1994・95年文化庁在外研修員など現代の音楽と即興演奏を中心に国内外で活躍。また作曲家としても1990年日本現代音楽協会作曲新人賞を受賞するなど多角的に活動している。

野口千代光・のぐち ちよこ(ヴァイオリン)

 1994年カーネギーホールのニューヨークデビューリサイタルで大好評を博す。ジュリアード音楽院卒業。1995年東京芸術大学音楽学部を首席で卒業。1996年ウィニアウスキー国際ヴァイオリンコンクール特別賞受賞。ソロ・アンサンブル活動に加え現代音楽にも意欲的に取り組み、数多くの初演・レコーディングを行っている。東京ゾリスデンコンサートマスター、紀尾井シンフォニエッタ東京、アンサンブル・ノマド、コンテンポラリーα、メンバー。桐朋学園大学短期大学部専任講師。

作曲家プロフィール

松尾祐孝・まつお まさたか

 1959年生まれ。東京芸術大学作曲科修士課程修了。ACL青年作曲賞第1位。ISCM92年ワルシャワ大会入選等、受賞多数。作品は、世界各地で演奏され、CDもリリースされている。1998年にはブザンソン国際作曲コンクール審査員も務めたほか、ISCM世界音楽の日々2001横浜大会実行委員長なども兼務し国際交流に尽力している。現在、東京芸術大学、洗足学園大学、尚美学園大学、各講師。

山口淳・やまぐち じゅん

 1967年東京生まれ。作曲を西岡龍彦、松平頼暁、ハヤ・チェルノヴィンの各氏に師事。1996年、第6回秋吉台国際作曲賞第2位・山口県知事賞受賞。第13回日本現代音楽協会作曲新人賞入選。1999年、第20回入野賞受賞。「現在形の音楽」「作曲家集団 MIMUS SIX」「深新会」などの活動や「アンセナーレムジカフェステバル」(伊)など国内外で作品は演奏されている。