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2009/02/06

昨年の3月に買った
ポリーニ・エディション13枚組

実はまだ封を切っていないCDが
何枚かあるのです。

その中の貴重な
シューベルト。

これはかなり衝撃です。

いや、
何が衝撃なのかというと
今までになかった
ポリーニの顔が・・・

いや
そんな事はない
音色はポリーニに他ならないし
鍵盤の上をさらさらと滑ってようなのに
芯のしっかりした音だし、
何より息の長い緊張感のある
まるで弦楽器で歌うような
細い糸をピンと張ったフレーズ感は
一瞬の隙も与えず
まさにポリーニである。

ピアノソナタ イ長調 D.959
アレグレット D.915
Drei Klavierst??cke D.946 (三つのピアノ小品?・・・邦題分からない。。。)

D.959が1983年の録音で
D.915と946が1985年の録音。

年代別に聴いている訳ではないので
これがどういう時期なのかはよく分からないが、
私が好んで聴いていたのは
1970年代の演奏であろうか?

ストラヴィンスキーに
ブラームス。

これは私の大のお気に入り。

90年代のベートーヴェンなども聴きましたが。

このシューベルトの3曲で
一貫しているのは
終始、最初から最後まで
感情を抑えて
押し殺して
常に
どこまでいっても
終始一貫しているのである。

私のよく知っているポリーニは
ゴムをゆっくり引っ張って
ギリギリまで引き延ばし
最後に爆発する、
そのゴムは太い事もあれば
とても細い
切れるか切れないかの
ギリギリのものもある。

息を止め
息を飲み
緊張した後には
必ず深い
ため息が出る。

ため息は
爆発でもあり
解放でもある。

しかし、
・・・

このシューベルトは
決して
感情を外に出すことなく
押し殺しているのである。

何故なのだろう?

何故ここまで
美しく弾こうと思ったのだろうか?

どういう心境の変化なのだろうか?

美しいというのは
表面的に美しいだけではない

余分なものを
すべて削げ落とし
磨き尽くした
後にだけ
本当に
この世のものとも思われない程の
美しさが生まれてくる。

何度も書いている気がするが
抑える
というのは
そこに抑える
感情がない限り
抑える事はできない。

校庭一周500メートルを
猛ダッシュした直後に
ピアノに座って弾くような!??
激しい感情を持ちながら

息を止めながら
息を吐く事を我慢し
外に出す事を
壁を作って阻止する。

ピアノソナタの
第4楽章の美しさなど
えも言えない
くすんだ輝きを放っているし、

三つの小品の一曲目も
激しく弾けばいくらでも
激しく弾ける曲である。

ゆっくりと長い時間かけて吸った息を
一瞬で解放するため息ではなく
吸った同じ時間かけて
吐き切るかのごとく。

常に山を
登り切った先に
ジャンプ台はない・・・。

シューベルトのピアノ曲なんて
今までほとんど自分から進んで
聴いた事はないが、
これだけ惹きつけて放さない
演奏を聴かせてくれるなんて
驚きである。

これは、
ポリーニの
シューベルトに対する
解釈なのだろうか?
特に晩年の曲に対する。

それとも
ポリーニが
そういう演奏をする
年になったのだろうか?
(ってこの当時ですが)

あるいは
たまたま
この時は
そういう心境だったのだろうか・・・?

とにかく私にとって
この一枚は
目立たずも
宝石のように
しっかり輝く
一枚となった。

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