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2017/09/27

たとえば
演奏している時に
一緒に演奏している相手が
違う音を出した時に
よっぽど自分が間違えていない自信がない限り
もしかしたら自分が間違えたのではないかと
瞬時に思うものだと思う

他人から
何かを指摘された場合
あぁ、そういう意見があるのだと
まずは思うのが普通だと思っている

しかし
いや、私はそうしています
とか
これはこういう理由だからどうとか

なんか保身にまわる人をよく見かける

いや、
どんな理由があろうとも
私はそう感じたのだから
ことばで説明されても
そう感じたものは変わらないのだが

私の意見が重要かどうかは
受け止める人次第だし
役に立たない人に
わざわざ何かを教えたり
アドヴァイスをしたり
それは先方からしたら
余計なお節介にしか感じないだろう

聞く耳を持っていれば
いろいろな人から
いろいろなアドヴァイスをもらえるのに

耳を閉じている人を
多く見る気がする

私の尊敬する音楽家達は
どんな若造からも
何かしら吸収しているようにみえるけれど

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